〔実験の概要〕
遺伝情報の単元では遺伝子解析やDNA鑑定の方法としてPCR法(ポリメラーゼ連鎖反応)で特定の
遺伝子配列を増幅し、電気泳動によりバンドとして可視化できることを学びました。PCRという言葉
は、新型コロナウイルス感染症の感染有無を検査する方法として多くの人たちに認識されるようにな
りました。DNAの個体差(遺伝子多型)を学ぶ実験として、性決定遺伝子が明らかな鳥類を材料と
して遺伝子レベルでの性別判定を行います。※CHD(クロモヘリカーゼDNA結合遺伝子)の断片を増幅します。
【鳥類の性決定のしくみについて】
性決定のしくみは生物群によって大きく異なる。ほ乳類や鳥類は性染色体構成の違いが性を決定す
るが、は虫類の一部などには発生中の温度環境などによって性が決定される種もいる。
性染色体の組合せで性が決定されるものとしては、多くのほ乳類(ヒトなど)に見られる雄ヘテロ接
合型(XYで雄、XXで雌)、多くの鳥類(ニワトリなど)に見られる雌ヘテロ接合型(ZWで雌、ZZ
で雄)、また節足動物のイナゴなどに見られる雄ヘミ接合型(XXで雌、Xで雄)、スグリエダシャク(ガ
の一種)などにみられる雌ヘミ接合型(Zで雌、ZZで雄)に分けられる。
【性決定の様式】 | ||
雄ヘテロ接合型 | 例 | |
XY型 | XY:雄、XX:雌 | ヒト、ショウジョウバエ |
XO型 | X :雄、XX:雌 | バッタ類、トンボ類 |
雌ヘテロ接合型 | 例 | |
ZW型 | ZW:雌、ZZ:雄 | ニワトリ、ハト、カイコガ |
ZO型 | Z :雌、ZZ:雄 | ミノガ、スッポン |
〔CHD -Z 遺伝子、CHD -W 遺伝子について〕
Columba livia CHD -Z ( CHD -Z) 遺伝子 370 bp(増幅塩基対数289 bp):GU289184.1
1 CTCCCAAGGA TGAGGAACTG TGCAAAACAG GTGTGTCTTG GTTCTGATTG ACTTGTGCTT
PCR forward primer →
61 TTGTGTTGCT GTTGGTTTAG TTTGTTGGGG ATTGTTGTTG GGTTTTGTTT TTTAGGGTT
121 TTTTCCGTTT TCTGAACACG TATTTTTGAC AGGTTAGGCA AAACTTGACC TGTGTTTGTC
181 AATCGCATAG CTTTGAACTA CTTATTCTGA AATTCCAGAT CAGCTTTAAT GGAAGTGAAG
241 GAAGGCGCAG TAGGAGCAGA AGATACTCTG GATCTGATAG TGACTCCATA TCAGAAAGAA
← PCR reverse primer
301 AACGGCCAAA AAAACGTGGA AGACCACGAA CCATTCCTCG AGAAAATATT AAAGGATTTA
361 GCGATGCAGA
Columba livia CHD -W ( CHD -W) 遺伝子 350 bp(増幅塩基対数269 bp):GU289183.1
1 CTCCCAAGGA TGAGGAACTG TGCAAAACAG GTATCTCTGG GTTTTGACCA ACTAACTTCT
PCR forward primer →
61 TGTTGTTGTG TTTCTTTGTT TTTTCATTAC TGTTGTTTTT GGCTTGTACT TTTCACCCCCC
121 CATTTTTGAC AGGCTAGATA GCACATTAT T AAAATGTTTT AGTCACATAG CTTTGAACTA
181 CTTAATCTGA AATTCCAGAT CAGCTTTAAT GGAAGTGAAG GGAAATGCAG TAGAAGCAGA
241 AGATATTCTG GATCTGATAG TGACTCCATG TCAGAAAGAA AACGACCAAA AAAACGTGGA
← PCR reverse primer
301 CGACCACGAA CTATTCCTCG AGAAAATATT AAAGGATTTA GCGATGCAGA
【今回使用するプライマーについて】
5’ 3’
CHD-F:フォワードプライマー CTCCCAAGGATGAGRAAYTG
CHD-R:リバースプライマー ATGGAGTCACTATCAGATCCAG
※ R:A or G 、Y:C or T
※CHD:クロモヘリカーゼDNA結合遺伝子について 近年,分子生物学的手法により個体の遺伝子配列を知ることが容易になり,二次性徴の顕著でない鳥類の性を染色体構成(雌 ZW,雄 ZZ)に基づいて判別することが可能になりました。DNA の構造多型に基づく分子性判定の標的として最も広く用 い ら れ る の が,Chromo Helicase DNA binding(CHD)遺伝子です。W 染色体上のCHD-W 遺伝子は Z 染色体上の CHD-Z 遺伝子とはイントロンの長さが異なるので,ポリメラーゼ連鎖反応(PCR; Polymerase Chain Reaction)により得られるこの領域の増幅断片の大きさから,個体の性別を正確に知ることができます(Griffiths et al., 1998;Fridolfsson & Ellegren1999)。 以上の記述内容については、「ケリの初毛羽を用いた CHD 遺伝子による性判定」;脇坂英弥・脇坂啓子・中川宗孝・伊藤雅信 日本鳥学会誌 (2014) より参照・引用しました。 |
1 実験手順(タイムテーブル)
実験は、A DNA抽出とPCR、B 電気泳動、C 染色・観察 の3つの行程(3時限)で行います。
A DNA抽出 ハトの羽毛(羽毛から羽柄をはさみで取り出す)
↓
DNAの抽出・・・キットを利用して行う。
PCR サーマルサイクラー
↓
DNAの増幅・・・DNA溶液+マスターMix(プライマー・PCR Buffer r(緩衝
液)・dNTPs・MgSO4・DNAポリメラーゼが入っている)
B 電気泳動 PCR 産物の電気泳動・・・TAE Buffer(トリス酢酸EDTA緩衝液)使用。
↓
アガロースゲル(作成済み)電気泳動。マイクロピペットを使用して、PCR反応
溶液をゲルの溝(ウェル)にアプライします。ローディングBuffer(緩衝液)・
DNA分子量マーカー(100 bp)使用。
C 結果の分析と考察 DNAの解析(ゲル染色)・・・ CLEAR STAIN Blue で染色。
↓ あるいは、Fast Blast DNA Stain で染色。
ゲルの脱色・バンドの確認と考察、ディスカッション
動物のDNAを細胞から抽出する際、血液を使用することが多い。ヒトでは口腔上皮細胞や鼻腔粘膜細胞からの抽出も多く使用されています。今回は、鳥類が教材のため羽毛の羽柄(羽軸の先端)組織から細胞を取り出し、簡易DNA抽出キットを利用してDNAの抽出を行います。 | |
図1 羽毛をハサミで除去し、羽柄を取り出す | 図2 サーマルサイクラーによるPCR |
〔電気泳動によるDNA解析〕
図3 ゲルのウェルにPCR反応液をアプライ | 図4 電気泳動装置でのDNA解析 |
【発 展】 DNA親子鑑定について
◇ DNAの遺伝情報と遺伝子,ゲノム
・ ゲノムを構成するDNAのすべての塩基配列が遺伝子として〔 はたらいているわけではな
い 〕。遺伝子はDNA中に〔 飛び飛びに存在 〕しています。
・ヒトの場合:ゲノム約〔 30億 〕塩基対に,遺伝子は約〔 20,500 〕個あり,タンパク質
のアミノ酸配列を指定している部分はDNAの塩基配列全体の〔 1 〕%程度です。
◇ タンパク質合成の過程
・遺伝情報の流れ
〔 セントラルドグマ 〕…遺伝情報は,
DNA→RNA→タンパク質という一方向に伝達され
るとする考えです。
・スプライシング
転写によってできたRNAから〔 イントロン 〕
(塩基配列のうちタンパク質の情報とならない部分)
が取り除かれ,〔 エキソン 〕(塩基配列のうちタ
ンパク質の情報となる部分)がつなぎ合わせられ,
mRNAとなります。
◇ DNA親子鑑定
マイクロサテライト(STR;short tandem repeat)とよばれるDNA領域を用いたDNA鑑定が主流
です。マイクロサテライトは2~4塩基対程度のくり返し単位からなるDNA領域で、染色体全体に分
布しています。両親からは相同染色体が1つずつ受け継がれるので、このSTRのDNA領域(=くり返
しの回数)も受け継がれます。複数の遺伝子座についてDNA型の相違(遺伝子多型)を調べることで、
その2人が血縁関係にあるかどうかを推定することができます。